介護の仕事

介護施設での転倒事故、ゼロは叶わぬ理想という真実。

年齢を重ねると様々な原因で事故や怪我が起こりやすくなります。職員が配置され利用者の身の安全に努めて業務を行っている老人ホームでも事故・怪我をゼロにすることは難しいです。そんな事故・怪我を減らす為の福祉用品も出回っていますが、それらを使用することである程度は予防できますが、それでも事故・怪我をゼロにすることは難しく、施設職員は日々リスクと向き合って少しでもリスクを減らすことができるように努めなければなりません。その中でも今回は「転倒」もしくは「転落」について、結論から言ってしまうとタイトルにある通り介護施設で転倒などの事故をゼロにすることは不可能です。ではなぜ事故ゼロが叶わぬ理想なのか書き綴っていきます。

高齢者の事故や怪我

年齢を重ねると全身の運動機能が若いころと比べて低くなっています。また、持病や内服している薬剤の副作用によっても事故のリスクが高まります。

若い方でも些細な段差に躓いたり、段差がなくても躓いたり・・・近年、貧血や低血圧、片頭痛やめまいの症状をもつ若者も増えていますよね。若くても転倒のリスクはあるので、高齢者はより事故のリスクが高く、気を付ける必要があります。

近年の高齢者の事故件数

消費者庁が公表している資料「高齢者の事故と状況について」では毎年約27000人の高齢者が不慮の事故(交通事故・自然災害を除く事故)で亡くなっているそうです。件数が多い順に「誤嚥などによる窒息」「転倒・転落」「溺死・溺水」の3つが主な原因で、交通事故や自然災害、火災の件数よりも年々増えています。

また東京消防庁の搬送件数別に見ると、圧倒的に「転倒・転落」の件数が多く、高齢者全体の搬送数の8割を占め、その搬送数は約6万件にもなったそうです。転倒・転落してしまう場所としては住居内では居室、階段、廊下、玄関、ベッド、住居外では道路、階段、段差などで多くなっています。

具体的な項目別の数値などはここでは触れませんが、資料を見ても年齢が上がるにつれて事故のリスクが増え、救急搬送数や死亡者数が増えていることが明らかとなっています。2025年には団塊の世代が後期高齢者となるので、今後も高齢者の事故は更に増えていくと考えられています。

高齢者の事故の原因

主に「運動不足」「加齢」「病気や薬」の3つがあります。加齢に伴い身体機能が低下し、筋力を始めバランス感覚や瞬発力などが衰え、トラブルが起こった際の防御動作が適切に行えない、間に合わないようになってきます。また、病気を抱えてしまうと薬を飲むことも多く、病気の症状や薬の副作用によってはめまいや立ち眩みなどの症状が現れ転倒しやすい状態になってしまうこともあります。病気を抱えてしまったり、身体機能が低下してくると体を動かすことも苦痛になり、運動機能が更に低下し、転倒・転落のリスクが高まっていきます。

歩行に関する福祉用具

下肢の運動機能の低下や障害などがある方が歩行を補助する為に使用します。杖にはいくつか種類がありますが、下肢の残存能力によって選択肢が異なります。そして残念ですが、使用しているからといって確実に安定した歩行が取れるというものではありません。

歩行器

歩行が不安定な方、下肢に疾患や痛みがある方の為の補助具のことで、複数の足があり体を囲うような構造をしています。上半身を歩行器に預けることで、下肢への負担を軽減する役割を持ち、歩行訓練の場面で使われることが多いです。

4脚歩行器基本的に4本の脚があり、キャスターがついていないので、前進するには歩行器を持ち上げ、進行方向へずらしていく必要があります。そのため、上半身の筋力やバランス感覚が低下している方には適しません。
歩行車4脚歩行器の前方2脚若しくは全ての脚にキャスターが付いたタイプです。4脚すべてにキャスターがついている歩行器の中にはブレーキやモーターが付いたより高機能の歩行器もあります。4脚歩行器と比べてキャスターがついている分小さな力で前進できますが、前方に進みすぎてしまいバランスを崩すリスクもあるので、バランス感覚が低下している方には適しません。

センサー

いくつか種類があり、ベッドや床、椅子の座面などに設置し、人の動きに反応して音が鳴るというもの。介護施設などで転倒防止を目的によく使用されていますが、実は施設での使用には在宅での使用に比べるとデメリットが非常に大きいのです。

ベッドセンサーベッドやナースコールと一体型になっており、起き上がりの動作などに反応して作動し、ナースコールが鳴ります。マットセンサーでは間に合わないという方に使われます。最近では赤外線で起き上がりを探知するタイプもあるようです。
マットセンサー床などに敷き、そのセンサー面を踏むなど重さが加わると作動し、ナースコールが鳴るもの。椅子などの座面に敷く小さなタイプもあります。メリットは使いやすい、デメリットとしてはコードも床を這う形となるので断線して故障のリスクが高く、床に敷くのでとても汚れやすいです。
クリップセンサー寝ている利用者の衣類にクリップを付け、上半身が起き上がるとクリップとひもでつながっているセンサー本体から引き抜かれ。ナースコールが鳴るというもの。椅子などでも使用されることがあります。紐を引っ張ってしまう方や異食行為のある方には適しません。

それら福祉用具は本当に事故防止につながるのか

在宅での使用に関してはメリットのほうが大きく、転倒防止に大きく繋がる可能性がありますが施設での使用は使い方などによって大きなデメリットが現実となり、転倒事故に繋がりやすくなってしまう可能性があります。

施設は基本的に集団生活の場で1フロアに20人以上の方が過ごされているところも多いです。でもナースコールを知らせてくれる職員のピッチはどの施設も3機前後のところが多く、1度にピッチの数以上のコールは反応できません。つまり3機しかピッチがない施設で同時に4か所以上ナースコールが鳴った場合は対応が困難となります。

転倒リスクがあるからと闇雲にセンサーを乱用するとかえって職員は自分たちの首を絞めかねませんので、安易に福祉用具を乱用する前にきちんとリスクを考え、環境設定することが重要となります。

介護施設で転倒・転落事故を無くす方法

  • ベッドや椅子などに縛る

昔はよく縛り付けることもあったそうです。ただ、縛り付けても暴れたりして怪我をしたり、椅子ごと転倒するリスクもあるので、リスクを減らせるようで実はリスクを高める対応と言えます。

  • 薬で動けなくする

現在は精神科薬にも様々な薬が出てきて、暴力行為などがある方に適切に使用すると穏やかになったり、夜眠れるようになったりと良い方向に働くケースもあります。適切に服用しないと廃人のように一日中動けなくなったり、泥酔したかのように目覚めなかったりするリスクがあります。

  • 全利用者に24時間マンツーマンで対応する

常に付き添っていればほとんどの事故は防げるでしょう。ただ説明なくともそんな対応が不可能であることは理解して頂けるかと思います。

上記のような方法が許されれば転倒事故を防ぐことはほぼ可能かと思いますが、上記のうち2つは「身体拘束」にあたる可能性があり、現代では絶対にしてはいけない許されない行為とされています。介護の勉強を始める際、最初に教わることが「利用者の人権や尊厳」にあたる科目だったと思いますが、身体拘束は利用者の人権や尊厳を無視している行為で虐待にあたるとされているので、訴訟に発展してしまう可能性もあります。

まとめ

前述した通り、現代の介護では「身体拘束」は虐待に当たってしまう可能性があり、許されていない行為となっていますので、もししてしまうと家族などから訴えられる可能性もあります。結論として介護施設で転倒・転落事故を無くすことは不可能です。

しかし、介護者にとっても転倒・転落事故は利用者の命に関わる重大な出来事なので、その事故の対応などで精神的に負担を抱えてしまう介護職員の方も多いと思います。でも、転倒事故を無くすことは不可能ですので、施設職員の方はまず「転倒・転落事故を無くす」という意識を、努力を根本的に変えることをおすすめします。

人は若くても転びますし、高齢者となれば更に転倒しやすいのです。

事故をゼロにするのではなく、利用者1人1人が転倒・転落しにくい環境作りを考え、それでも起きてしまう事故にはしっかり対応して、その事故の原因もしっかり分析して環境作りに反映させていく、でいいのではないでしょうか。

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