在宅介護でも施設介護でも事故や怪我などどうしても防げない状況がありますが、昔は身体拘束しても許されていたので、身体拘束して抑制していたことも多かったそうです。でも現在の介護では身体拘束は許されていないので、より安全な介護の提供をするにあたり介護者のコミュニケーションや環境作りなどの工夫が試される時代なのかもしれません。
「身体拘束」とは
身体拘束とは「本人の意思で自由に動くことができない様に身体を拘束すること」とされています。もともとは医療現場での援助技術の1つとして、やむを得ず必要とされた限定的な場面で患者に対して実施していた行為です。厚生労働省の身体拘束に対する考えの中でも「生命および身体の保護の為、緊急でやむを得ない場合を除く」と記されています。
患者の中には絶対安静の必要な手術直後の患者や知的障害を持つ患者がおり、安全に治療するために身体拘束を行うことがあります。いつしか介護の現場でも高齢者の転倒や転落防止などの安全面の配慮から身体拘束が行われるようになってきました。
身体拘束は利用者の安全は確保できるかもしれませんが、現代では高齢者の人権侵害やQOLの低下の観点から、安易に実施してはいけない行為です。2000年4月から始まった介護保険制度の中で身体拘束は禁止とされ、厚生労働省でも「身体拘束ゼロ作戦推進会議」というものが開催され身体拘束ゼロに向けた取り組みがなされています。
身体拘束と聞くと真っ先に思い浮かぶのが「縛り付ける」という行為かと思います。
- 立ち上がれない様に椅子に縛り付ける
- 起き上がれない様にベッドに縛り付ける
- 点滴やチューブを抜かない様に手足を縛る
このような場面が一般的な身体拘束のイメージではないでしょうか。しかし、「縛り付ける」行為以外にも身体拘束にあたる可能性のある行為がいくつかあります。
実は「身体拘束」にあたるかもしれない行為
前述した真っ先の思い浮かぶ「縛り付ける」行為以外にどんな行為が身体拘束に当てはまる可能性があるのか。意外と知られていない身体拘束について下記にまとめました。
薬漬けにする、薬で大人しくさせる
昼夜逆転している方の睡眠リズムを付けたり、集団生活下で暴力行為などある方の問題行動を減らしたり情緒を安定させる為に使用される精神科薬が多くあります。処方が合った通りに適切な用法、用量で使用することは問題になりませんが、過度に使用し行動を制限することは禁止されています。
行動を抑制するような声掛けをする
転倒リスクがあるからと利用者が椅子から立ち上がろうとしたとして、気づいた職員が「○○さん、危ないから座っててください」「○○さん、座ってて」など移動しない様に椅子に再び座らせるような声掛けも、拘束にあたってしまう可能性があります。
鍵の開けられない場所に閉じ込める
暴れてしまう方などに対して、周りに被害が出ない様に、落ち着かせる為に内側から鍵の開けられない場所に閉じ込める行為ですが、こちらも禁止されています。むしろより落ち着かなくなり、介入しないことで本人が怪我をしてしまうリスクが高まる行為という印象を受けます。
ベッド柵で囲み、降りれない様にする
ベッド柵をすべて差し込み降り口を塞げば降りれなくなる方も一部いるでしょうが、ベッド柵を乗り越えてでも降りようとする方も一部いらっしゃると思うので、逆に危険な対応ですし、身体拘束にあたるので禁止行為です。
つなぎなどの介護衣やミトンを着用する
オムツをいじってしまったり、痒みなどから深刻な皮膚トラブルになるまで掻き壊してしまう方に対してつなぎを着せたり、手にミトンをする行為は意外と行われていますが、場合によっては身体拘束にあたるとされています。身体拘束も生命や身体の保護の為に緊急的でやむを得ない場合を除くとされている為、医療現場では時々見かけるかもしれません。
椅子、車いすで腰ベルトやY字ベルトを着用する。
座位が保てず、椅子からずり落ちてしまう方に使用されるものですが、立ち上がる意思のない方に対してであっても体幹を縛り付けてしまうという解釈から身体拘束とされています。
「生命・身体の保護の為の緊急やむを得ない場合」とは
緊急やむを得ない場合には3つの要件があり、3つ全てを満たす必要があるとされています。
- 切迫性・・・・・本人、他利用者の生命・身体が著しく高い危険にさらされている
- 一時性・・・・・行う身体拘束が一時的であること
- 非代替性・・・・身体拘束以外に代替する方法がないこと
切迫性と一時性の要件は満たしやすいと思いますが、非代替性についてはとても難しい要件かと思います。身体拘束以外に方法がないかどうか、介護者や経験によっても考えが異なりますし、専門性を高めたり、環境やコミュニケーションの工夫が強く求められてきます。
参考)厚生労働省-身体拘束に対する考え
身体拘束は「虐待」にあたるのか
厚生労働省の「身体拘束に対する考え方」では生命・身体の保護の為の緊急やむを得ない場合を除く身体拘束のすべてが高齢者虐待にあたると明記しています。
虐待と認定されてしまうと家族や関係者との信頼関係が崩壊してしまうことを始め、多くのデメリットがあります。
施設と家族の関係について考えられるデメリット
- 家族との信頼関係が壊れる
- 利用しているサービスの事業所の変更を申し出られる可能性
- 施設の評価が落ちる
- 訴訟に発展する可能性
- 慰謝料の有無によっては職員の給料に影響がでることも
ただ信頼関係が無くなるだけであればまだましかもしれません。最悪の事態を想定すると、利用しているサービスの事業所の変更を申し出られたり、訴訟に発展する可能性も考えられます。そうなると施設全体の評価も落ち、更に慰謝料などが発生してしまうことがあれば、施設の財務も圧迫され、職員の給料面にも悪影響が出ることは避けられないと思われます。
災害で被災してしまった施設やコロナ禍で稼働率が低迷している施設の多くはやむなく職員の賞与の減額に追い込まれたりしており、同様の状況に陥ってしまうでしょう。
施設と自治体の関係のついて考えられるデメリット
- 自治体との信頼関係が壊れる
- 施設の評価が落ちる
- 補助金の減額の可能性
- 指定管理の取り消し
- 補助金の減額に伴う職員の給料面への悪影響
自治体は関係ない、と思われるかもしれませんが大ありです。施設は少なからず自治体から補助金を受けていたり、自治体から指定管理を受けて施設運営しています。虐待や事故で悪質なことがあるとやはり施設の評価は落ち、自治体の判断次第で指定管理を外されてしまったり、補助金の金額に影響が出てしまったり、利用希望をする方が減ってしまう可能性があります。補助金に影響が出てしまうと施設運営はもちろん職員の給料面にも影響が出ることは避けられないでしょう。
まとめ
介護現場では日々利用者の転倒・転落のリスクと向き合い、様々な工夫をされていると思いますが、身体拘束をすることは施設・職員・利用者の誰にとっても基本的にデメリットしかありません。
「利用者の動きたいように動けなくする」行為は身体拘束にあたるとシンプルに捉え、身体拘束にあたらない範囲内でリスクと向き合って、事故が起きてしまった場合は適切な対応をすることが、職員にとっても利用者にとっても心身ともに負担の軽い考え方ではないでしょうか。